2019/05/08 19:09

マネは1864年(第1回印象派展の10年前)にバティニョール大通り34番地に引っ越しましたが、そのすぐ近くにあった
カフェ・フェルボワでは、後に印象派となる面々が集って侃々諤々の美術論を闘わせました。
《アルジャントゥイユの夜明け》第21話では彼らの先輩格のマネとドガが議論を戦わせています。
そこではマネの口を借りてドガのいつもの持論が語られています。

—大切なことは生命をその本質的な特殊性において要約することだ
(集英社版現代世界美術全集『ドガ』P94 高階秀爾 から引用)

ここで重要なのは「要約することだ」の部分だと思います。
要するに、眼に入ってくるものをありのままに全部描くのではなく、「要約」して描かかなければならないというのが
ドガの主張のようですね。
その伝で行くと、目の前のものをこれでもかと言わんばかりに描く「ド写実」の絵なんていうのはダメということになります。
たしか、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉だったと思いますが、自然を前にしてその摂理を見いだして描くのが素描だというようなことを言っていたと思いますが、絵はなんでもかんでも写真のように描けばいいというものではないようです。


マネ《1867年 パリ万国博覧会》1867年 107×197㎝ オスロ国立美術館

※明治維新前夜の日本が公式出品した1867年の第2回パリ万博。
  これをきっかけに日本ブームがおきてジャポニスムへと発展して行きます。